「あなたの心に…」
Act.7 感謝の気持ちを受け取って
さあ、いよいよアイツと一戦交えるのよ。
どうせ、『暖簾に腕押し』…。
どぅ〜お、常用漢字はおろか第1水準までマスターした、このスーパーアスカ様の引用は!
漢字も意味もピッタリでしょ!遥かドイツの空の下のローレンツ君?ドイツ語がんばってる?
おっと、また脱線しちゃった。
アイツはそうやって逃げるに決まってるわ。でも逃がすもんですか!
マナの思いを遂げさせるのよ!
11月26日、朝。
アイツはいつものように、私の机に教科書を置いたわ。
そして、無言で私の教科書を取り上げようとした。
「ちょっと待って…、これまでありがとう…」
アイツはキョトンとした顔で、私を見た。
私とアイツが顔を見合すのは、本当に珍しいの。
私の方は挑発するようにアイツを睨みつけてるけど、
アイツは大抵そっぽを向いてるのよね。
「明日で最後にしていいわ。もう大丈夫だから」
「あ、そ。じゃ明日で終わりということで」
それだけ言って、アイツは自分の席についたわ。
そしていつものように、窓の外を見ている。
くぅっ!何て素っ気無さよ!負けないわよ!
「マナ、作戦は発動されたわ。もう後には引けないわよ」
「はっ!」
敬礼をするマナ。ホント、ノリのいい娘。
ま、その前で腕組みして立ってる私も私だけど。
「で、この後どうするの?」
「は!簡単なことよ。明日渡される教科書と引き換えにお弁当をアイツに渡すのよ」
「お弁当?」
「そう、ずぅ〜とインスタントとコンビニ食品で暮らしてきたアイツに、
手作りのお弁当で人の暖かさと優しさを思い出させるの!」
「おぉ〜」
感心するマナ。
「で、アイツの好物は?」
「ん?私は鳥の唐揚げ。シンジの作るのって、とってもおいしいの!」
私はマナを睨みつけたわ。このオトボケ二等兵め。
「アンタのじゃないの。アイツの好物。いい?ア、イ、ツ、の好物よ」
「わ、わかってるわよ。え〜とね、え〜と、あれ?」
「はいはい、もうオトボケはいいから。早く答えてよ」
「ははは、わからないや」
私はまだマナがオトボケを続けていると思ってた。
ところが大間違い。
マナはアイツの好物を真剣に知らなかったの。
その本人(本霊?)は、全力で落ち込んでいる。
「はぁ…、計算外ね。まさかアンタがアイツの好物を知らないなんて」
「だってぇ、シンジはいっつも私の好物ばっかり作ってくれたし、
シンジのママの料理や、外食でも、何でもおいしそうに食べてたもん」
「う〜ん、嫌いなものがなくて、好物が不明か…。
はいはい、マナもう落ち込まないでよ。次の手を考えましょ」
「うん!」
おいおい、もう立ち直ったよ、この娘は。
「そうね…。じゃアイツの得意料理は?得意なもので勝負はできないわ」
「全部」
「ははは…、全部?」
「そう。全部。だってシンジが作った料理で不味かったのってなかったもん」
「はは…、嘘…」
「本当だよ。不味くて食べられないスーパーの出来合いのだって、
美味しく作り直せるんだよ、シンジは」
一度、アイツの料理を食べてみたい気がしてきたわ…。
「それじゃ、駄目じゃない。この作戦は!」
「そうだよ。大体シンジと料理で勝負しようと思うのが間違いよ!」
うっ!マナのヤツ、また私のお得意ポーズを!く、悔しい!
でも、こんなことで作戦を頓挫させてはいけないわ。
あくまでこの『感謝のお弁当』大作戦を遂行するのよ!
「いいわ。もう好物とかそんなの考えないで作りましょう」
「うん、がんばって!」
そ、そうよね。実体がないんだから、マナには手伝いはできないわよね。
ま、いいわ。作るのママだし。
「え〜!どうして?どうして、作ってくれないの?ママ!」
「だって、ママが感謝してるわけじゃないから。感謝してるのはアスカなんでしょ」
「そりゃそうだけど」
「じゃ自分で作りなさい」
「あ〜、駄目よ、駄目。私に作れるわけないじゃない!」
ママは無情にも欠伸をしながら寝室へ向かったの。
「火事と洪水には気をつけてね。夜は長いから…ま、頑張るのね」
その時、私は大作戦が根底から崩れていく音を大音響5.1chで聴いていたわ。
「朝が楽しみね。おやすみ、アスカ」
私はおやすみの挨拶も返すことができなかった。
その後、3時間。私はダイニングテーブルに突っ伏していたの。
「アスカ、アスカ!起きてよ」
へ?あれ?いつの間にか眠ってたみたい。
「ひえっ!」
私の目の前、つまりテーブルの上にマナの生首が!
「えへへ。起きた?」
あ、悪趣味なヤツ。
「起きたわよ」
マナはス〜とテーブルから抜け出して、床に座り込んだわ。
「さて、一応聞いておくけど、アンタ料理はできる?」
マナは極上の笑顔を浮かべた。
「ああ、もういい。答えなくていいわ。アンタに聞くほど追い詰められたってことね」
「ということはアスカは苦手?」
「悪かったわね」
ど〜せ、私は家事ができませんよ。
「あ、じゃ、アスカは学年TOPにはなれないんだ」
何!今、何と!
マナを睨みつけると、悪戯っぽい目でマナはこうのたまった。
「だって、期末試験には家庭科もあるも〜ん」
「はは、ノープロブレム。筆記試験なら問題ないわ」
「実技も加点されるわよ」
私の首は油のさしてないブリキ人形のように、ギシギシと音を立てて動いた。
ゆっくりとキッチンを見渡して…、そして力なくガクンと折れた。
でも…。
「シンジは満点確実ね」
誇るようなマナのその声が、私の闘志に火をつけたわ。
ガタン!
椅子を後ろに倒して、私は立ち上がった。
「やるわ!やってやる!この私にできないことはない!」
「おぉ〜」
今回は間違いなく私を馬鹿にしてるわね、この幽霊娘。
マナはまったく当てにはならない。
もう夜中だから、家事のエキスパート・ヒカリも使えない。
ママは熟睡してる。
私が独力で料理をするしかないわ!
でもどうして我が家に料理の本が一冊もないの?
そっか、ママの腕前じゃ本なんかいらないわよね。
そうだ!家庭科の教科書。
なにこれ?カレー。おはぎ。プリン。素麺。マーボードーフ。コーンスープ…。
お弁当に使えるのって全然ないじゃない!
あとは…そうだ!インターネットよ!あれなら!
え…どうして…?繋がらない…。嘘…。
あ、そうだった。高速光ケーブルで1Mbps速度が上がるから夜間工事するって…。
あれ、今晩だったの!げっ!
八方塞じゃない…。
私にできそうな料理…。
難問ね。
私が自分でするのは、ト−ストしてバター塗って、紅茶で朝ご飯…。
はは、それだけだ…。
まさか冷えたトースト持っていって、わざわざ喧嘩売っても意味ないし。
そっか、サンドイッチよ!
生のパンに具を挟めば終わりじゃない!
お握りだったら凸凹になっちゃうけど、アレなら四角に切れば簡単じゃん!
「マナ、決めたわ…」
「何作るの?」
「それは…サンドイッチよ」
「おぉ〜」
「アンタ、今回は思いっ切り馬鹿にしてるでしょ。私を」
「おぉ〜」
よ〜く、わかったわ。自力で頑張るわ!
食パンは…、うん!充分あるわ。これだけあれば少々の失敗もOKね。
具材は、まず卵よね。うん、あるある。
ハム…。大丈夫、ソーセージもあるじゃない!
ヒカリが美味しいって言ってたから、これも入れてと。
フルーツは…、バナナとキウィ、それにドリアン?
ドリアンのサンドイッチ…。
誰か食べる?
わぁお!これ、キャビアじゃない。これは使えるわね。
えぇ〜と、それから…。
明け方。
眠りを忘れた私と、眠る必要のないマナは、まだ調理中。
二人ともゆで卵の作り方がわからず、その謎を解明するのに小1時間…。
レンジで作ろうとした私を止めた、マナの方がまだましってことなの?
フライパンで殻のまま炒めたり、直接火で炙ったりしたけど、
まさかお湯で温めるだけだったとは…。それも何分すればいいのかわかんないし。
犠牲になった卵は21個。どうしてこんなにあったんだろ?
それでも何とか食べられる程度にはなったわ。
試作分はこっちによけて、タッパーはどこかしら?って、私、女の子しちゃってるよ〜。
「アスカ、今凄くいい表情だよ。楽しそう…」
「は、はは、そっかな…。ち、ちょっと疲れたけどね」
あれ?マナがちょっと寂しそう。
「自分で作りたかったの?」
「へへ、バレてる?」
「うん、バレバレ」
「だって、生きてる間はずっとシンジに食べさせてもらってたから、
一度でいいから、私の作ったモノをシンジに食べてほしかったなって」
「これ、アンタが作ったんだよ」
私はサンドイッチのお皿を指差した。
「え…」
「実際に手を下したのは私だけど、アンタがいなきゃ私絶対に料理なんかしてない。
アイツに礼なんか考えてない。アンタがいたから、できたんだよ、これは」
その時、リビングの時計が6時を告げたの。
「わ!シャワー浴びなきゃ!」
私はバスルームに走っていった。マナに言ったことがちょっと恥ずかしかったからね。
この時、先に学校へ持っていく用意をすべきだった。
そう…、こういう状況でありがちのミスを私は犯してしまったの!
ああ!アスカの馬鹿!おっちょこちょい!
Act.7 感謝の気持ちを受け取って ―終―
<あとがき>
こんにちは、ジュンです。
第7話です。『感謝のお弁当』編の前編になります。
アスカのママ&パパ(未登場:出てくるまで続くか?)は、オリジナルになっちゃいますね。
パパ(未登場:出てくるまで続くか?)はともかく、ママには活躍してもらう予定です。